2009年11月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          

最近のトラックバック

カテゴリー

  • 日記・コラム・つぶやき
無料ブログはココログ

« 野中広務さん、語る。 | トップページ | 田中耕太郎さん、頑張った。 »

2009年6月28日 (日)

不思議なことを知る。

 今日、柴田やくえさんの葬式がありました。身内だけで、行うということであったのですが、町内会会長と寿老会会長が、定められた香奠を持って、列席されることが、分かっていました。そして、昔、庄屋であった家の子孫も、列席すると言われた故、私も出席しました。香奠は、受け取ってもらえませんでした。

 喪主は、柴田浩行さんでした。喪主の祖父が、私の家の「おとこし」をしておられました。なかば、封建的であるのですが、その祖父は、私の祖父の位牌に向かって、「親方さま」と言って、手を合わせておられたのを、私は、見聞きしたことがあります。

 列席者は、柴田家の親族が、私たち4名の他では、全てでありましたが、私の村から離れて、明南町に住んでおられる井上富雄さんが来ておられました。私の村では、1660年から住み続けている「井上家」(勿論、江戸時代には、「井上」などという姓はありませんでした)は、3軒なのですが、私の家と異なる「井上家」の一つの本家です。何とまあ、柴田家は、その「井上家」の分家(新宅)(分家が何故「井上」でないのか、疑問は残りますが、「養子」に行ったのではないでしょうか?)であったと言われるのです。私の家の「おとこし」が、本家ではないものの、立派な、独立した家の主(あるじ)であったのです。何か事情があって、貧乏されたのでしょう。私の家が、農業の他に質店も営んでいましたので、田畑を質流れさせてしまったのでしょう。

 身近なことで、私の知らないことが、一杯あるのだなあ、と思いました。

« 野中広務さん、語る。 | トップページ | 田中耕太郎さん、頑張った。 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 野中広務さん、語る。 | トップページ | 田中耕太郎さん、頑張った。 »