不思議なことを知る。
今日、柴田やくえさんの葬式がありました。身内だけで、行うということであったのですが、町内会会長と寿老会会長が、定められた香奠を持って、列席されることが、分かっていました。そして、昔、庄屋であった家の子孫も、列席すると言われた故、私も出席しました。香奠は、受け取ってもらえませんでした。
喪主は、柴田浩行さんでした。喪主の祖父が、私の家の「おとこし」をしておられました。なかば、封建的であるのですが、その祖父は、私の祖父の位牌に向かって、「親方さま」と言って、手を合わせておられたのを、私は、見聞きしたことがあります。
列席者は、柴田家の親族が、私たち4名の他では、全てでありましたが、私の村から離れて、明南町に住んでおられる井上富雄さんが来ておられました。私の村では、1660年から住み続けている「井上家」(勿論、江戸時代には、「井上」などという姓はありませんでした)は、3軒なのですが、私の家と異なる「井上家」の一つの本家です。何とまあ、柴田家は、その「井上家」の分家(新宅)(分家が何故「井上」でないのか、疑問は残りますが、「養子」に行ったのではないでしょうか?)であったと言われるのです。私の家の「おとこし」が、本家ではないものの、立派な、独立した家の主(あるじ)であったのです。何か事情があって、貧乏されたのでしょう。私の家が、農業の他に質店も営んでいましたので、田畑を質流れさせてしまったのでしょう。
身近なことで、私の知らないことが、一杯あるのだなあ、と思いました。


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